迷える仔羊はパンがお好き?
  〜聖☆おにいさん ドリー夢小説

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この町では駅前の商店街もなかなかの元気っぷりで充実しているが、
チラシを検討した上で、
物によってはスーパーへも運ぶブッダで、

 「小売りのお店だと、融通を色々と利かせてくれるし、
  大売り出しなんかでは思い切った値下げもしてくれるけど。」

メーカー品だとさして差がないものだから、
あれこれ一遍にまとめて買えるところを重視して、
デイリースーパーでの買い物も結構重宝しておいでだとか。

 「今週はレシートがクーポン券になってるサービス週間だしね。」

財布から取り出したレシートは、
裏を返すと日替りサービス品の50円引券になっていて、
ちなみに昨日は、某ノンオイルドレッシングが
セール特価からさらに50円引きになってたそうな。

 「凄いなぁ、ブッダ。」
 「今は情報の時代ですものね。」

そうこうというお喋りを弾ませつつ、
静かな住宅街から駅のほうへと近づくにつれ、
周囲には自然と徐々に人の姿が増えて来る。
むんとする温気が人の密度が上がることでますます高まって来たような中、
やがて辿り着いたのが、自動ドアの前に自転車が居並ぶ店舗前。
上の階には他のテナントもある、雑居ビルでの同居という建物自体も、
階ごとの間口もさほど広くはないが、それなり奥行きがあるようで。
大きな作りのそれではないけれど、それでも繁盛しておいでか、
ガラス張りの店内を見やれば、
昼を過ぎたばかりのこの時間でも結構な入りなのが伺える。
さあさ入りましょうとドア前に立てば、

 「わ、冷房だ。」
 「ああ、ホッとするよねぇ。」

おー、ごっど・ぶれす・ゆー、と。
ついのことだろ、イエスがいつもの口癖を口にしたほどで。
そろそろ梅雨も明けようかというこの時期では、
どこに行ってもこの涼しさが待ち受けているもの。
とはいえ、今現在の聖家の家計では、
現物のお代もだが、電気代だって馬鹿にはならぬとの理由から
設置なんて夢のまたゆめ。
どっかのリサイクルショップで
掘り出し物の冷風扇でも見つかればねぇというところかと。

 「ま、たまに体感するから有り難いんだということで。」
 「そういうことだね。」
 「さすがです、師匠っ。」

決してやせ我慢じゃありませんとも、ええと。
曇りなく はんなり微笑うは、
片や苦行のエキスパートと、
もう片やが どちらかといや暖かい地域で生涯を送った救世主と来て。
しかもしかも、それを称えた少女は、
一年中 大きな釜で煮物をし続けというから、
そちらも商売柄とはいえ 暖ったかいお家育ちと来たもんで。

 う〜ん無敵だ。
 夏よ かかって来なさい、ってか?(おいおい)

ちなみに今夜の聖家の献立のメインは、
ニンジン・タマネギは勿論のこと、
ズッキーニと長ナス、トマト、パプリカに、
ブナシメジなどなど、キノコもたっぷり入れた夏野菜カレーだそうで。

 「さんも食べてってくださいね?」
 「ありがとうございますっ。」

うああ、また美味しいのがいただけると、
感激しきりのお嬢さんなのが、
作り手にも何とはなく嬉しい限りだったりし。
うふふと微笑ったブッダ様、
それじゃあ おまけだと付け合わせメニューを算段し。

 「あと、コロッケも揚げましょうかね。
  カレーの方には おジャガ入れませんので。」

具はコーンとタマネギと、隠し味にホワイトクリームも足してと、
添え物以上の手の入れようの逸品を加えるらしいお言葉へ、

 「あ、私、グリーンアスパラの素揚げが食べたいな。」

揚げ油を出すならついでに いいかな?と、
ワクワクとおねだりをするイエスだったので、

 「判りました。
  じゃあアスパラはカレーに入れないで揚げましょうね。」

仏なのに菩薩の笑顔で了解とする辺り…日本語って難しい。(う〜ん)
野菜売り場を進みつつ、慣れた調子で献立が着々と決まってゆく、
そんな彼らの会話を聞いていた が、ふと、

 「もしかして、お二人は ベジタリアンなんですか?」
 「んん?」

野菜のメニューが多いのでと、今更ながらに訊いてくる彼女であり。
ああ、そこから気がついたのかとブッダが苦笑をして、

 「私だけがね。イエスは肉も魚も食べるよ?」

宗教上の…というんじゃなく、
微妙な主義の問題だけどと付け足すブッダの説明へ、
イエス自身もうんうんと頷いて見せ。

 「あ、そかそか、シラスの佃煮召し上がってましたね。」

そこまで注意してはなかったか、
今になって ああと気がついているのんびりさは、
やっぱり天性の天然さんであるらしいことを忍ばせる。
この調子だもの、パンを食べてみてと言い出したのだって、
周到なんて言葉の似合わぬ、単なる素直な思いつきなのかも知れぬ。
胸の内にて そうと思い直しつつ、

 「私はぎりぎり卵までしか、食べも調理も出来ないものだから、
  どうしても食べたい物は自分で調理してもらっているんだけど。」

それでもそういや、焼き肉だの焼き魚だの、あんまり家では食べてないねと、
彼もまた今になって“おや”と気がついたらしく。
カートを押してた歩みを止め、相棒さんの方を見やるブッダなのへ。
目線で問われた格好のイエスはといえば、
自分への問いかけが来るのがそうまで意外だったか、
え?と それは大きく双眸を瞬かせてから、

 「うん。
  私とて多少の煮炊きは出来なかないけど、
  ブッダの作る料理って美味しいから、
  それで十分 お腹いっぱいになるしねぇ。」

にこにこと笑って、
鉛筆かクレヨンペンシルみたいに長さを揃えて束ねられた
グリーンアスパラの束を手にし、

 「知ってた? 私、好き嫌いが随分と減ったんだよ?」

なんて、今更 言い出す彼であり。
え? 嫌いなものって あったんだと、ブッダとしてもそれは初耳。

 「何が食べられなかったの?」
 「う〜んと…笑わない?」

そこは恥ずかしいのか、言い淀んだものの、
笑わないですよぉとブッダが口許たわめて頷いたのを見て、
ようやっと口を割ったのが、

 「実を言うと、ニンジンとピーマンは鬼門だったんだな。
  あと、野菜炒めのタマネギも。」

 「え? 結構使ってるよ、私。」

ブッダだとて 腕に自慢のシェフではなし、
調理の習慣自体もそれほど積んでいたわけじゃあない。
教団では指導者だったからというよりも、
食料だって托鉢で頂いたものが中心だったし、
断食による絶食という修行もザラだったため、
それほど凝ったものなんて作れなかった初期のころは、
野菜炒めはそれこそ定番ものとして毎日出していたと思うし、と。
人世界での同居をし始めた当時を思い出す。

 「煮込んであると平気なんだけどね。」

炒めもののタマネギの、
中途半端に柔らかくなりかけ
ぐにぐにってしてるのは苦手だったイエスだそうで。
いかにも困ったようなお顔になって、肩をすくめつつ苦笑したものの、

 「でも、ブッダは丁寧に火を通してくれてるみたいで、
  炒めものでもしっかり甘さも出ていて美味しいんだな。」

嫌いなもののラインナップも子供っぽかったが、
そんなこんなで食べられるようになったんだよと、
ちょっとえっへんという喜色まじり、
嬉しそうな笑顔がまた、子供のように無垢なそれ。
ああこれじゃあ からかい半分の非難も出来ぬと、
結句、とお顔を見合わせてしまうブッダだったりし。

 「そうですよね。
  美味しければ嫌いになりようがありませんものね。」

あ、トウモロコシも生のが出てると、
朝採りというシールの張られた、
はち切れんばかりのいい粒したのを手に取ったさん。
コロッケに入れると言っていたから目が行ったのだろに、

 “…あれも佃煮にするんだろうか。”
 “芯まで食べられるとか?”

おいおい、お二人さんたら。(苦笑)
彼女の特別能力(?)から、
ついのこととて最聖人二人が そんなことをば予想しておれば、

 「わたしも好き嫌いは少ないんですよね。
  ご飯ものは特に大好きで。」

のり巻きも稲荷ずしもおむすびも大好きですし、丼ものも捨て難いし。
カレーやオムライスもオールオッケイだし、
最近ではトルコライスとやらにも関心ありますし、
ハワイのハンバーグ乗っけたワンディッシュメニューも食べてみたいし。

 「もしかしてロコモコのことかな?」
 「そう、それっ!」
 「だったら、もしかしてビビンバも好きとか?」
 「はいっ、それも好きですっ。」

韓国ののり巻きもゴマ油が香ばしくて美味しいし、
そうそう、
インドネシアのナシゴレンもうま辛くて美味しいんですよねと、
随分とエスニックなチャーハンまで飛び出して、

 「あ、リゾットやドリアや炊き込みご飯も好きです、勿論。」

パエリアのおこげになったところも捨てがたいしと、
どんだけストライクゾーンが広いかを、並べ立てたさん。
まあまあ、晩ご飯の献立の参考になるわねと、
ついつい立ち止まった奥様がたにさわさわと取り囲まれつつ、

 「これって、
  佃煮屋の娘だからかなって思ってたんですが。」

ウチの佃煮を添えないものでも、
ご飯ものが美味しくてしょうがないのだから…これはもう、

 「むしろ、
  だから 佃煮屋へ生まれ落ちたんじゃあないのかと。」

 「おおおっ。」

 「………。」

いやいや、いやいや、意味不明だからそれ。
ちゃんもとうきびを握りしめない、
イエスも無駄に感動しないの…と。
周囲の皆様からの視線を無意味に集めていた熱血劇場へ、
真っ先に冷静さを取り戻したブッダ様がダメ出しをしておれば、

 「おや、意外なところでお会いしますね、シッダールタ先生。」

人垣の向こうから、いやに張りのあるいいお声が飛んでくる。
おおと素直に気がついて視線を向けたイエスと真逆、
ここまでは冷静だったものが、
うっと、天敵にでも遭遇したかのように身がすくんだブッダの様子へ、

 「ブッダさん?」

これじゃなくて缶詰のをお使いですか?と。
トウモロコシをかざしたさんへ、
いやいやそうじゃなくてと言い掛かったのより微妙に機先を制したのが、

 「こちらのお嬢さんは?」

下町のデイリースーパーに降り立った、スーツ姿の胸厚な偉丈夫。
どっかの仲卸の営業の方でしたら、バックヤードへお回りくださいと言いたげに、
エプロンかけた売り場のチーフらしいお人が首を伸ばして見やっていたが、
そんなお人じゃあなく、天世界関係者の堂々の降臨であり。

 「何でまたこんなところに現れますかね、梵天よ。」

礼儀正しく、しかも慈愛の如来であるはずが、
原稿は依頼されてませんがと、冷ややかに言い放つブッダだったのは、
きっと相手の日頃の行いのせいもあろうとは、
顔見知りなイエスも こそりと思うところだったりし。
何しろ、悟りを開いたブッダへ そのまま教えを広める開祖となりなさいと勧め、
その際に、何やかやと様々な特別設定を思案しての彼の身へと授けた
強引すぎる性分でも有名な天部さんで。
最近では、ブッダが漫画の才能も見せたものだから、
天世界情報誌への原稿依頼にと、
鬼のような執拗さで付きまとうことを疎まれておいで。
息抜きの羽伸ばしで降臨しているというに、
選りにも選って“修羅場”を持ち込まれるなんて それはなかろうという点では、
イエスも同情が絶えないものの、

 「私はと言って、目下 イエス師匠の弟子見習いなんです。」

彼の素性なぞ知りもしないさんが、
目上への礼儀としてうっかり自己紹介をしたものだから、

 「あ…っ。」
 「ほほぉ、それはそれは。」

気のせいだろうか、滅多に感情を映さぬ梵天さんの双眸に、
何やら きらりんと、灯ったものがあったよな。

 「いかがです、突撃レポートなぞ。」
 「その子は聖人じゃありませんよ? 『R2000』に何書かすつもりですか。」
 「いや何、かわいい弟子との2ショットなぞ。」
 「だからそんな、まだ生きてる人を
  天の国の皆様が見るところへ特別枠で掲載してどうしますか。」

あああ、やっぱりなぁと、イエスが脱力し、逆にブッダは戦闘態勢。
強引な企画が彼の脳内で持ち上がりかかっているらしく、
それを嗅ぎつけたブッダ様、
何も知らない小さき者を丸め込ませるものかと
周到にして堅固な防戦態勢をしいたようだったけれど、

 “ブッダがムキになるのこそが
  楽しくてしょうがない梵天さんに見えるのは、
  果たして 私の気のせいなんだろか…。”

はっはっはっはっと朗らかな笑い方をしても、
双眸が堅いので“本心はどうなんだろか”と不審がられ、
なかなか同意しにくい損なお人なのへこそ、
ここのところの徐々にながら、
同情の気配を見せているイエス様へこそ、
ブッダ様、用心したほうがいいのかも知れませんよ?(えー?)




     ◇◇◇


丁々発止の攻防だったが、
梵天氏の携帯に着信があったことで何とか水入りへと打ち切られ。
思わぬ人物の登場に空まで動揺したものか、
何とかもっていたはずのお天気が、
買い物を終わらせての外へ出てみれば、
微妙にどんよりと曇り始めているではないでしょか。

 「ありゃまあ。」
 「しまったなぁ、傘を持って来ませんでしたね。」

結構な明るさだったので油断したが、
湿度は高かったのだし、
あまりに気温が上がればにわか雨だって降るのが今時分だ。
急いで帰ろうと、言いはしたが、

 「? どしました?」

女の子であるさんより、ややもすると遅れがち。
ようよう見やれば、気持ち的には急いでいるようだが、
どうしたことか…足が重くてなかなか進められないお二人な様子。

 「あ、もしかして、あのその…。」
 「いえ。体が不調だという訳ではありません。」

実は日頃からも杖の要る身でもありませんと、
彼女からのいたわりの籠もった誤解を解きはしたものの、

  もしも ここで雨が落ちて来たならば

ブッダを慕ってのこと、鹿が追ってくるくらいは、
いっそ雨脚に紛れさせた上で駆け抜ければ、何とか誤魔化せるかも知れぬ。
だが、

 大蛇ムチリンダが来たらどう言い訳すれば……。

彼もまた、ブッダを慕っていた存在に他ならず。
座布団のように大きな頭部を傘にして差しかけ、
雨から濡れるのを完璧なまでに守ってくれたのだそうだけれど、

 《 あの大きさでは警察呼ばれかねないよね。》
 《 それ以前に彼女が卒倒しかねないのでは?》

そうこうするうちにも、周囲の空気が鉄のような匂いを帯び始め、
どこからともなく、大豆をこぼしたようにくっきりした、
ぽつぽつぱらぱらという判りやすい音が響き出す。
これはちょっとした降りようじゃあなさそうで。
通り雨にせよ大粒のが振り出したことを忍ばせる。

 「濡れちゃいますよ、急ぎましょうっ。」

たかたか頑張って速足になっているさんが、
励ますように振り返る師匠ら二人。
その気で走れば、持久走では弱いイエスはさておき、
ブッダなぞ結構な速さで駆けられる身なのだが。
そんなことをしたならば、
どうか私の俊足をお役に立ててとか、傘の御用はと、
立川にはあり得ない生き物が殺到してしまう
困った“奇跡”が生じてしまうため。
濡れようが奇矯だろうが、このスタイルを押し通すしかなくて。
とはいうものの、往路で健脚を披露してもいたがため、
一体どうされたのだろと、
さすがのさんも不審そうに表情を曇らせ始めていたし。
何より…彼女まで付き合わせては風邪を引かせかねないのでは。

 《 どうするのです、ブッダ。》
 《 こうなったら君だけでも走って帰ってくれまいか。》

もうあと少し、ブロック1つを残すというところまで来ているのだしと。
彼女の手を引いて先にと、
神通力のテレパシーで手筈を説きつつ薦めていたその時だ。

 しゅるるというなめらかそうな、
 だが得体の知れない音がひそやかに響き。
 激しい雨脚のせいで、見通しがやや暗くなった
 住宅街を縫う街路の向こうに、
 長々としたものが這うのが見えて…

 「きゃああーーーーーっっ!」

よほど驚いたのか、
かわいらしい悲鳴を上げて、その場へ顛れ落ちたであり。
あああ、遅かったかと
頬を伝う雨に別の熱いものをも流しかかった、最聖人たちだったが…。

 「……間が悪いにも程がありますよ、マーラ。」

まだ弁財天さんが相棒の大蛇連れて来た方が、
彼女に任せてという丸投げにせよ、(おいおい)
ペットだと言い抜けるとかどうとか、何とかなったやも知れぬ。
だがだが、
その身の半身がそのまま蛇身だという存在と出くわした日にゃあ。

 「どう言い繕えと言うのです、ええ?」
 「な、なんだよっ。俺が徘徊しちゃあ悪いのかよっ。///////」

深色の髪を高々と結い上げ、
様々な金属器の装飾品で身を飾った装いもいかにも怪しげだし、
それより何より、最も問題にして怪しいにも程があるのがその姿。
はっきり言って人や天部や如来ではない、
悪の化身なのだからしょうがない(?)のだが。

 「ブッダを入滅させるのが、こちとらライフワークなんだから、
  周辺に出没されたくらいで四の五の言うんじゃねぇよっ。」

 「本人を前に何 言ってますか。」
 「つか、ライフワークなんだ、それ…。」

……じゃあなくて。

半ギレ状態のブッダ様が、それでも…膝を折っての屈み込み、
そおとその腕へ、意識を失っておいでのを抱え上げる。

 「こんな いたいけないお嬢さんが、
  訳も分からず入滅したらどうしてくれますか。」
 「ううっ。」

逃れようのないところ、真っ直ぐ突きつけられたものだから、
知るか馬鹿っと、実は彼の側でも想定外な事態に困っていたものか、
やや涙目になったまま、
とっとと敵前逃亡してしまった仏教界の悪魔さんであり。

  あああ、他でもない彼から丸投げされようとはと。

今なら出て来ていいムチリンダに、
いっそすがりたくなったブッダ様だったのへ、

 「こうなっては仕方がありませんね。」
 「…どこにでも現れますね、あなた。」
 「何を言います、わたしはあなたの守護ですから。」

この会話だけでお判りだろう、困ったお人の再登場。
正確には“仏教の”守護神、でしょうがと。
どれほど煙たがっておいでか、
下唇を突き出すという子供じみたお顔になって言い放った、
珍しいほど大人げないブッダだったのはともかく。

 「体験レポートを書かせるのはやめたげてくださいね。」

こちらも次々に襲い来た困難の連続に混乱中か、
イエス様までもが その両手を組んで懇願して来られたのへ、
まあまあまあと宥めるように大きなその手を掲げて差し上げ、

 「すっかりとずぶ濡れとなっておいでですし、事は急を要します。」

ご自身も結構な雨脚に打たれつつ、
それでもシッダールタさんの手からさんを引き受けると、
雨が降りしきる空を仰ぐ。
すると、どこからともなく、羽衣をまとった天女らが現れたものだから、

 「…っ。」
 「ちょ…っ。誰かの目に止まったらっ。」

昼日中だというにと、ブッダやイエスが少なからずギョッとしたものの、

 「大丈夫。この降りですし、
  何かヒラヒラしたものが飛んでっただけと思われるのがオチです。」

 「…そうでしょうか。」

どんなに堂々と言い放たれても、胡散臭いと思うところは変わらぬけれど。
今は言い合ってる場合じゃあないと、
そこはブッダも練れて来たものか、アパートへ戻ることのほうを優先する。
途中の通りでは、キョウチクトウの厚い葉がうねるように揺すぶられ、
ばたばたという雨脚の音の向こう、どこかで雷も鳴っているような。
そんな中ながらも、
走り出してしまえば、あっと言う間にアパートへ到着している。
実際の話、ほんのすぐそこだったのであり、
濡れこそしたが体が冷えきっているところまでは行ってはなさそう。
とはいえ、

 「彼女、着替えさせてくださいますか?」
 「それより、お洋服ごと乾かしましょうねvv」

天女らを呼んだのはそのためだと、今になって判ったブッダとイエスが。
梵天の腕を引いて部屋から外へ出たのは、
エチケットの問題とそれから、

 「辻褄合わせの妙案も、もしかしてお持ちなんでしょう?」

何しろ彼は、ブッダの守護神なのだそうだし。(おいおい)
それに、

 『こうなっては仕方がありませんね。』

突然現れたおり、はっきりとした語調でそう言ってもいた。
何か考えがなければ言えない一言じゃあなかろかと、
天世界の一端がもたらした事態だ、
天世界の存在に何とかしてもらっても罰は当たるまいと。

 「ほら、イエスの名言にもあるだろう。」
 「もしかして、カエサルのものはカエサルに返しなさい、かい?」

どっちかといや、江戸の敵を長崎で返しているような気もするけれどと、
言っては角が立ちそうなので、腹の底にて押さえつつ。
この場は極楽浄土のかたがたの判断に任せておれば、

 「夢を見たことにしちゃいましょう。」

やはりやはり、目元が頑として動かないままの梵天氏がそんなことを言い出して。

 「はい?」
 「いいですか? お二人で口裏を合わせるのです。」

急な雨に雷まで鳴り出した中、体が濡れ切ってしまったところへ、
生け垣の枝先が倒れかかって来て触れた感触が、
突然だったので驚いたのと、気持ち悪くてぞっとして倒れただけだと。

 「…いいのかな、それってつまりは嘘をつくってことなんじゃあ…?」
 「何を仰せです、イエス様。これは人世界で方便というものですよ?」
 「もういいから帰ってください

頼ろうと思ったわたしが馬鹿でしたと、ブッダ様が思い切り不機嫌になったのは、
人を馬鹿にするにもほどがあると感じもしたためだ。
人というのはブッダのことではなくて人間全般。
いくら天世界の神、天部だとはいえ、人間の尊厳をそうまで軽んじますかと、
そうと察せられてのこと、直情的にむっかり来たらしく。だが、

 「記憶を操作する神通力もないではありませんが、
  そんなもので安易に蓋をしたところで、
  何かしら辻褄が合わないと気がついたら最後、
  自力更生による記憶修復で、衝撃も鮮烈なまま蘇ってしまうだけです。」

なかったこととしてしまうより、夢だったのかと納得された方が、
衝撃自体も自然と薄れてゆくってもんですよと。
お洋服も乾いたらしいさんを残し、
お部屋から出て来た天女さんたちを引き連れて、
今度こそお帰りの梵天殿を見送って。

 「どうしよう。
  あの自信満々な態度こそ胡散臭いと思えてしまう私には、
  彼の言い分、信じていいのかどうかの判断が難しい。」

 「…ブッダ、もっと素直にならなきゃあ。」

君こそ、もっと用心深くなった方がいいと思うよ?
えー? そっかなあ…。


  ……で、どうなさるんですか、お二人とも。(苦笑)










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 *すったもんだはまだ続くようでございます。
  ブッダさんには忌み嫌わせてる梵天様ですが、
  ウチでは案外とイエスさんが懐いてもいるような。
  ただ、問題なのは、
  マーラさんとの遭遇もですが、
  誰が着替えさせたか乾かしたかを、
  どう説明するのだお二人さん。(すまん、尺が足りなんだ。)


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